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大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)507号 決定 1994年7月28日

債権者

金地和生

右代理人弁護士

井上二郎

上原康夫

中島光孝

債務者

ルックス・ジャパン株式会社

右代表者代表取締役

オリヤン・アールネング

右代理人弁護士

元木祐司

蒲俊郎

主文

一  本件申立てをいずれも却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一事案の概要

本件は、債務者が、職場の人間関係を改善する必要があるとして、労働組合の執行委員長の地位にある債権者に対して配置転換を命じたところ、債権者がこれを拒絶したことを理由としてなされた解雇について、債権者が、不当労働行為に該当する無効な解雇であると主張して、債務者との間に労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めること及び賃金相当額の仮の支払いを求めた事案である。

債権者らの申立ての趣旨及び当事者の主張は、本件記録における債権者の地位保全等仮処分命亡申立書、一九九四年三月三〇日付け、同年六月二一日付け及び同年七月一四日付け各主張書面並びに債務者の答弁書、平成六年四月七日付け、同年六月三〇日付け及び同年七月六日付け各準備書面並びに債権者及び債務者管理部長藤井靖夫に対する審尋調書(平成六年五月二五日付け)記載のとおりであるから、これらを引用する。

第二当裁判所の判断

一  基本的事実関係

疎明資料及び審尋の結果によれば、以下の事実が疎明される。

1  申立外エレクトロラックス・ジャパン株式会社(以下「エレクトロラックス・ジャパン」という)は、昭和五〇年七月、スウェーデン資本の申立外エービー・エレクトロラックス社の一〇〇パーセント出資子会社として設立された。

2  債権者は、昭和五四年六月一日、エレクトロラックス・ジャパンに雇用されて神戸営業所に配属され、やがて課長職に就いた。その後、債権者は、配置転換により、昭和五九年に岡山営業所、昭和六〇年四月に姫路出張所、昭和六一年三月に岡山営業所、平成二年三月に姫路営業所の勤務となった。

3  この間の昭和六三年二月一日、エレクトロラックス・ジャパンの従業員数名によってエレクトロラックス・ジャパン労働組合(以下「組合」という)が結成され、総評全国一般労働組合大阪地方本部(以下「大阪地本」という)に加盟した。

4  債権者は、平成二年六月ころ、債務者が姫路営業所の閉鎖の方針を打ち出したことから、組合に加入した。債務者は、組合の要求もあって、同年七月、姫路営業所の閉鎖案を撤回し、同営業所の規模を縮小して存続させることとしたが、その縮小に伴い、債権者は課長職を外れ、一般従業員となった。なお、債権者は、平成三年二月、組合の副執行委員長に選出された。

5  平成四年七月二三日、エレクトロラックス・ジャパンの家電事業部を承継してエービー・エレクトロラックスの家電製品を日本国内に販売することを目的として、同社の一〇〇パーセント出資子会社として、債務者が設立された。これに基づき、債権者を含む組合員は債務者に移籍し、組合も、名称を「ルックス・ジャパン労働組合」と変更した。

6  債権者は、平成五年七月二四日、組合の執行委員長に選出された。

7  債務者は、同年一〇月二七日、債権者に対し、同年一二月一日付けで姫路営業所営業担当から大阪営業所営業担当への配置転換を発令した(以下「本件配転」という)。しかし、債権者は、姫路営業所で引き続き勤務することを希望してこれを拒否した。

8  同年一一月八日、本件配転について、組合と債務者との間で団体交渉が開かれたが、その撤回を要求する組合と、その正当性を主張する債務者との間で、交渉は物別れに終わった。

9  その後も、債務者本社営業部長山口俊昭(以下「山口部長」という)及び同業務管理課長高野泰正が姫路営業所を訪れ、債権者に対し、本件配転に応じるよう説得したが、債権者は態度を変えなかった。

10  組合の申請により、同年一二月二〇日と二四日の二回にわたり、大阪府地方労働委員会において、本件配転の撤回に関する斡旋が実施されたが、不調に終わった。

11  平成六年一月五日、債務者の管理部長藤井靖夫(以下「藤井部長」という)は、債権者に対し、本件配転に応ずるよう説得したが、債権者は応じなかった。

12  債務者は、労働基準法二〇条及び債務者の就業規則二八条(懲戒に関する規定であり、その四項には、懲戒解雇事由として、「正当な理由なく業務に関する会社の命令に従わないとき」(四号)及び「会社の秩序・統制・風紀を乱したとき」(五号)と規定されている)に基づき、予告手当を支給することにより、平成六年一月六日付けで債権者を解雇する旨意思表示した(以下「本件解雇」という)。

二  本件配転の目的について

1  (書証略)(藤井靖夫作成の「金地和生仮処分申立てについて会社側意見書」と題する書面)及び審尋の結果によれば、本件配転に至る経緯について、以下の(一)ないし(九)の事実が疎明され、(書証略)(債権者作成の報告書)及び(書証略)(債権者作成の陳述書)中、これに反する部分は採用できない。

(一) 債務者の姫路営業所は、所長、女子事務員、JA推進担当課長各一名のほか、家電製品の販売業務を担当する債権者を含む営業職五名で構成されていたが、所長である牧野伸司(以下「牧野所長」という)は、平成五年四月一〇日付けで、営業職である藤井和雄、円山俊朗及び森崎孝典の三名から、「上申書」と題する文書をもって、債権者が、朝礼等で「営業職は営業時間内でも販売活動について会社の指図を受ける義務はない」等の自己中心的な発言を行い、債務者の自動車や電話を組合活動に無断で使用し、あるいは就業時間内に組合の勧誘をする等、営業職の士気を低下させる行為をしているので、同営業所の雰囲気を改善して欲しいとの要求を受けた。

(二) 牧野所長は、この旨を藤井部長に報告し、両者で対策を協議した結果、姫路営業所内での不和に至る原因についてはどちらに非があるとは簡単に判断できない面があるので、牧野所長において時間をかけて所員間の感情の対立を解消するように指導し、事態の改善へ向けて努力すべきであるとの結論に至った。

(三) 牧野所長は、債権者から事情を聴取すべく機会を待ったが、債権者は、「所長と認めない人に話す必要はないし、所長として認めない人の指示は受けない」などと述べて、これを拒絶した。

(四) このような状況が続くうち、平成五年一〇月、前記三名及び小林政夫の四名の営業職から、藤井和雄及び円山俊朗が所内コンテストで獲得した賞金各一万円を使って、姫路営業所全体の同年八月度前半の打ち上げをしようと所員に呼びかけたところ、債権者が、そのようなことが慣例化すると、今後も賞金を獲得した人がこれを打ち上げに供出しなければならなくなるから、差し控えるよう申し述べ、結果的に打ち上げを中止させた等、債権者による姫路営業所における営業職の士気を阻喪させる行為を指摘した、「転勤若しくは現状改革願い」と題する文書が牧野所長を通じて藤井部長に提出された。藤井部長から牧野所長に確認したところ、ほぼこれに副う事態が確認された。藤井部長は、同月一六日から一九日にかけて山口部長と協議した結果、藤井部長において同月二〇日に姫路営業所を訪問して、関係者の意見を聞いた上で対応につき判断することとし、さらに、仮に債権者の異動が必要であると判断された場合を慮って、藤井部長が近隣の各営業所長に諮ったところ、大阪営業所長のみが債権者の受入れを内諾した。

(五) 藤井部長は、同年一〇月二〇日、姫路営業所を訪問し、関係者から事情を直接聴取した結果、債権者と他の所員との間の関係が極めて険悪化していることが判明し、かような状況の下では仕事の効率も落ち、売上の低下をも招きかねないと判断された。

(六) 翌二一日、姫路営業所内において、牧野所長と藤井部長が債権者と話し合おうとしたところ、債権者と牧野所長が口論となったため、藤井部長は、営業所外へ出て債権者と話し合いをしたが、債権者は、営業所での人間関係がうまくいかないのは、他の者が不当な態度に出るからであり、自分に非はないと主張した。

(七) 藤井部長は、かかる雰囲気の中では姫路営業所全体の営業成績にも悪影響が出かねないこと、このままの状態を継続するかぎり両者が傷つくだけで問題の解決にならず、この問題は、債権者又はその他の者のどちらかを異動させる方法によるしか解決できないこと、債権者以外の四名の営業職及び牧野所長を異動させることは同営業所の営業面から不可能であること、債権者はこれまで姫路営業所以外の営業所でも勤務した経験もあること、大阪営業所が債権者の受け入れを内諾していること等から、債権者を同営業所へ異動させて問題の解決を図るほかはないと判断した。そこで、債権者の自宅のある相生市から新大阪までの新幹線通勤を認めるので、債権者を新幹線の新大阪駅の近くにある大阪営業所へ転勤して欲しい旨伝えて別れた。

(八) 債権者は、同月二六日、電話で、藤井部長に対し、大阪営業所への転勤は拒否すると通知してきた。

(九) 債務者は、平成五年一〇月二七日、債権者に対し、債権者の自宅の最寄りである山陽新幹線相生駅から大阪営業所の最寄りである新大阪駅への新幹線通勤を認め、その通勤定期代を債務者において負担するとの意思表示を付して、本件配転の辞令を発した。

2  債権者は、姫路営業所においては、債権者と他の営業職との人間関係は悪化していないと主張する。しかし、(書証略)には、藤井和雄、円山俊朗及び森崎孝典作成の各上申書の写し並びに同人ら及び小林政夫作成の「転勤若しくは現状改革願い」と題する各文書の写しが添付されており、これらの原本の存在及び成立はいずれも審尋の全趣旨により認められるところ、これらが特段債務者の圧力によって作成されたこと等の事情は窺われないから、当時の債務者の姫路営業所における債権者と他の従業員との人間関係は、かなりの程度に険悪化していたことが優に疎明され、債権者の右主張は到底採用できない。

3  そして、右1で疎明されたところによれば、本件配転の目的は、姫路営業所での人間関係を改善することにあったということが疎明される。

三  本件配転に関する不当労働行為意思の有無について

1  債権者は、本件配転は、後述の「新給与システム」導入に反対する組合及びその執行委員長である債権者を敵視し、嫌悪したことによるものであると主張する。

2  そこで検討するに、疎明資料及び審尋の結果によれば、以下の事実が疎明される。

すなわち、平成五年七月一九日、牧野所長から、債権者ら営業職に対し、「新給与システム」の導入についての説明があった。この改訂は、就業規則の委任を受けて作成された、営業職の給与に関する「営業職給与規程」を改訂し、営業成績にかかわらず勤続年数に従って支給される勤続給を廃止した上、「貢献給」を新設し、かつ、営業成績にかかわらず最低限支給される最低保障給を引下げ、反面、業績手当を増額することを内容とするもので、要するに、従前に比べ、営業職の給与と営業成績との相関性がより強くなるものであった。債権者は、直ちに組合役員及び上部団体と連絡をとり、債務者に団体交渉の開催を要求し、同月二九日、「新給与システム」の導入に関しての団体交渉が開かれたが、これに先立つ同月二四日、組合の執行委員長に選任された債権者は、「新給与システム」に反対した。しかし、債務者は、同年八月一日から、「新給与システム」を実施した。債務者からは、その後である同月四日、右の就業規則一部改訂に関し組合の意見を聴取する書面が組合宛送付されてきた。これに対し、組合は、同月一二日、債務者に文書をもって抗議した。しかし、債務者は、同月二六日、「新給与システム」実施の方針を変えるつもりはない旨回答してきたので、債権者は、平成五年九月六日、姫路労働基準監督署に出向き、就業規則の改訂手続に瑕疵がある旨訴えた。

3  本件配転は、右のような状況の中で、同年一〇月二七日になされたものである。

しかし、審尋の結果によれば、大阪営業所では、三名の営業職の全てが組合の役員であることが疎明されるから、本件配転によって「新給与システム」に対する組合の反対運動が弱体化するとは考えにくい。

また、(書証略)(藤井靖夫作成の「本年3月30日付債権者主張書面及び陳述書に対する意見書」と題する書面)及び審尋の結果によれば、債務者は、本件配転に当たり、債権者の新幹線定期券代を負担するとの条件を付したこと及び山陽新幹線相生駅から新大阪駅までの所要時間は約五〇分であり、同駅の東出口から大阪営業所までの距離は約五七〇メートルであることが明らかであるから、これらの事実に照らせば、本件配転による債権者の自宅から大阪営業所への通勤が、格別過酷あるいは不便なものということはできない。しかも、審尋の結果によれば、債務者においては、営業職が異動した場合、当初の三か月間は、販売網の開拓期における営業成績の落ち込みを給与面で保障することとなっていることが認められるのである。

右によれば、組合設立時から今日に至るまでの、債務者及びエレクトロラックス・ジャパンの組合に対する対応に関する労働主張事実を考慮に入れても、なお、本件配転が、「新給与システム」導入に反対する組合及びその執行委員長である債権者を敵視し、嫌悪したことによるものであるとの債権者の主張及びこれに副う(書証略)は、採用することができない。

四  本件解雇の効力

1  以上によれば、本件配転は有効なものと解され、したがって、債権者がこれを拒絶したことを理由としてなされた本件解雇が、債権者が組合の正当な行為をしたことの故をもってする不利益な取扱い若しくは組合の運営に対する支配又は介入として、労働組合法七条一号、三号に違反する不当労働行為に該当するということはできない。

2  また、疎明資料及び審尋の結果によれば、債務者は、本件配転後も、債権者に対し、本件配転に従うよう再三説得しているにもかかわらず、債権者がこれを拒絶していることが疎明されるところ、これについて正当な理由があるとの疎明はない。このような場合、使用者としては、当該労働者を解雇することはやむを得ない措置というべきであって、本件解雇が、債権者に対する措置として重きに失し、解雇権の濫用にあたるということもできない。

3  したがって、本件解雇は有効である。

五  結論

以上によれば、債権者は、既に債務者との間で労働契約上の権利を有する地位を喪失していることとなる。よって、債権者の本件申立ては、争いある権利関係についての疎明がないから、いずれもこれを却下することとする。

(裁判官 原啓一郎)

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